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リー・ミラー

リー・ミラー

Lee Miller
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1929年、パリのカフェでナイフとフォークを手に、若い女がひとりの男に歩み寄る。「あなたがマン・レイ? 私はあなたの生徒よ」。相手がその日ちょうどパリを離れる予定だと聞くと、女は「じゃあ、いいわ、私も一緒に行く」と言い切った。こうしてリー・ミラー(1907〜1977)は、マン・レイの助手兼恋人として暗室に入り、モデルから写真家へと立場を変えていく。

ニューヨーク州ポキプシー生まれのミラーは、もとは『ヴォーグ』誌の表紙を飾るモデルだった。だがパリでの数年間に、彼女はカメラの向こう側に回る術を覚える。マン・レイとの共同作業のなかで二人が偶然見出したのが、現像中のネガに一瞬光を当ててトーンを反転させるソラリゼーションである。輪郭に黒い縁取りが浮き、肌や静物が現実からわずかにずれた像になる。ミラーはこの技法を女性の首や胸、切り取られた乳房といったモティーフに使い、シュルレアリスム写真のなかでも際立って即物的で冷ややかなエロティシズムを写しとった。彼女自身の顔と肉体もまた、マン・レイやピカソら周囲の作家たちが繰り返し描いた被写体だった。

第二次大戦が始まると、ミラーは『ヴォーグ』の従軍写真家としてロンドン大空襲を撮り、やがて連合軍とともに大陸を渡る。パリ解放、サンマロの戦闘、そしてダッハウとブーヘンヴァルトの強制収容所——痩せ衰えた遺体の山を、彼女はレンズを逸らさずに写し続けた。ドイツ降伏直前の1945年4月、ミュンヘンのヒトラーの住居に踏み込んだミラーは、同行の写真家デイヴィッド・E・シャーマンとともに、その浴槽に浸かった一枚を残す。バスマットの上には泥だらけの軍靴、浴室の外にはダッハウの土がまだ靴底についたまま。美しく撮られたその一枚は、勝者と加害者の空間が入れ替わる皮肉な瞬間として、報道写真の代表的な一場面になった。

戦後のミラーは撮影から遠ざかり、うつと戦争神経症に苦しみながら、イギリスの田舎で料理に没頭する晩年を送った。膨大な写真とネガは彼女の死後、屋根裏で息子アントニー・ペンローズによって発見され、そこから改めて写真家リー・ミラーの仕事が世に知られていった。

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