
シャルル・グレール
モネやルノワールを教えた画家シャルル・グレールは、弟子から授業料を取らなかった。若いころ、自分も画塾に払う金をつくるために夕食を抜いていたからだ。弟子たちは画室の家賃とモデル代を出し合い、グレールは週に2度、一人ひとりの絵を見に来た。
グレールは1806年、スイスの村に生まれた。幼くして両親を亡くし、リヨンの叔父に引き取られる。パリで絵を学んだあと、イタリアへ渡った。
1834年、アメリカ人旅行家ジョン・ローウェル・ジュニアに雇われ、エジプトなどを旅した。翌年、ナイル川の岸で、歌う天使たちを乗せた舟が夕暮れの川を近づいてくる幻を見る。日記には「一生忘れない」と記した。
その幻から生まれた《Le Soir》は、1843年にパリの美術展「サロン」で評判となり、国王ルイ=フィリップが買い上げた。題は「夕べ」という意味だが、すぐに《Les Illusions perdues》とも呼ばれた。同じ年に第3部が出たバルザックの小説『幻滅』の原題を踏まえた呼び名だ。
1865年には、アメリカの収集家ウィリアム・ウォルターズが《Le Soir》の描き直しを注文した。弟子レオン・デュサールが描き始め、グレールが手を入れたこの絵がLost Illusionsである。
《Le Soir》が評判になった1843年、グレールは画家ポール・ドラローシュから画塾を引き継いだ。自分の描き方をまねさせず、弟子の得意なものを伸ばそうとした。クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、アルフレッド・シスレー、フレデリック・バジールは、そこで知り合った。1860年代に入ると画塾は資金難に陥り、グレールの目の病気も弟子たちを心配させた。
グレール自身は古代の物語やスイスの歴史を描き続けたが、1849年を最後にサロンには出さなくなった。
1874年、アルザス=ロレーヌの人々を助ける展覧会で絵を見ている最中に倒れ、世を去った。そのころには画家として忘れられかけており、のちには弟子たちの先生として語られることが多くなった。彼自身の絵で語り継がれたのは、ナイルで見た舟を描き、いまもルーヴル美術館にある《Le Soir》だった。
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