
池大雅
いけのたいがIke no Taiga
10 作品
七歳で書を披露して神童と騒がれた子が、大人になって山という山に登り、湖という湖を渡り歩く旅人になった。京都の貧しい家に生まれた池大雅は、扇屋の店先で絵を描いて糊口をしのぎながら、誰に本格的に師事するでもなく、舶来の画譜――特に『芥子園画伝』――を頼りに中国文人画の呼吸を独学で身につけていった。柳沢淇園や祇園南海、彭城百川といった先達との交わりが刺激にはなったが、大雅の絵はどの師の型にもきれいに収まらない。富士山、立山、白山と、当時の画家としては破格の健脚で日本中の山水を実見し、そこで得た体感を中国的な図式に流し込んで、湿度と光のある独特の山水を作り上げた。指先や爪に墨をつけて描く指頭画も自在にこなし、技巧を誇示するというより、遊びながら描いているような軽やかさが持ち味だ。妻の池玉瀾もまた画家・歌人として名高く、貧しいながらも二人で絵を描き合う暮らしぶりは当時から評判になっている。晩年、俳人でもあった与謝蕪村と共作した《十便十宜図》は、同じ主題を二人がそれぞれの筆致で描き分けた稀有な合作で、南画がまだ「日本画」として熟れきる前の、瑞々しい実験精神を今に伝えている。京都の借家で五十四年の生涯を閉じたが、その闊達な筆はのちの文人画家たちの目指す一つの理想となった。
池大雅の作品をお持ちですか?
Cugiraで出品してみませんか?
10件














