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横山大観無我
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欲や自意識にとらわれない心を、横山大観は幼い子どもに託した。《無我》は1897年の日本絵画協会の展覧会に出した作品で、大観の名を広めた《屈原》より一年前に描かれた。当時は歴史上の人物や昔ながらの題材を描く絵が中心だった。子どもの姿で目に見えない心のありさまを表したこの絵は、その中で異色の作だった。
審査では銅牌を受け、その中で第2位となった。新しい試みに理解のあった大観の師・橋本雅邦が審査員にいたことが、受賞につながったとも言われる。だが、発表当時の世間はほとんど無関心だった。大観の名が広まったのは、翌年の《屈原》をめぐる評からである。
《無我》はのちに帝室博物館が買い上げ、現在は東京国立博物館に伝わる。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 絹本着色/掛幅
- Year Created
- 1897
- Dimensions
- 148.4 × 87.2 cm
Artist profile

横山大観
富士を描き続けた日本画家・横山大観の名を広めたのは、恩師の苦境を重ねた《屈原》だった。1898年、恩師で東京美術学校の校長だった岡倉天心が辞任を命じられ、大観も学校を去る。天心を中心に日本美術院ができると、大観は中傷を受けて朝廷を去った中国の詩人を描き、その最初の展覧会に出した。
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