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富士
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横山大観横山大観

富士

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横山大観は、富士の名画が少ないのは画家が山の形ばかり写すからだ、と語った。描こうとしたのは、富士に映る自分の心だった。「己れが貧しければ描かれた富士も貧しい」とも言っている。

1904年にニューヨークで開いた展覧会には、すでに「Fuji San」を出している。その後も富士を好んで描き、依頼も多かった。1954年の富士の展覧会には、昭和の初めからの代表作20数点と、新作の四季の富士4点が並んだ。

この《富士》の制作年は記されていない。画像は競売に出品されたときの写真で、左下には「大観」と読める落款と朱の方印がある。

Work Type
Painting

Artist profile

横山大観
横山大観

富士を描き続けた日本画家・横山大観の名を広めたのは、恩師の苦境を重ねた《屈原》だった。1898年、恩師で東京美術学校の校長だった岡倉天心が辞任を命じられ、大観も学校を去る。天心を中心に日本美術院ができると、大観は中傷を受けて朝廷を去った中国の詩人を描き、その最初の展覧会に出した。

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