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菱田春草Kikujidō
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菊慈童は中国の伝説の少年である。周の穆王に仕えた慈童は、王の枕をまたいだ罪で山中に流された。王が枕に記した経文の偈を菊の葉に書き写し、葉に溜まる露を飲むうちに、少年の姿のまま七百年(八百年とも)を生きた。能の「菊慈童」(枕慈童)の題材で、日本画では菊に囲まれた華やかな少年として描かれることが多い。春草は慈童を小さく、菊より紅葉を目立たせ、全体を暗い色でまとめた。
輪郭線を引かず、色の面と霞で奥行きを作る描き方は、岡倉天心のもとで横山大観と春草が1900年前後に試みたもので、当時は「朦朧体」と呼んで嘲られた。この作は明治33年(1900年)、その渦中に描かれた。人物の輪郭も墨ではなく、肌や衣に近い色の線で引いてある。菱田春草(1874〜1911)は飯田の生まれで、この幅は平成19年(2007年)に長野県宝に指定された。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 絹本著色・軸装
- Year Created
- 1900
- Dimensions
- 181.1 × 110.7 cm
Artist profile

菱田春草
菱田春草は、代表作《黒き猫》を自ら「駄作黒き猫」と呼んだ日本画家である。腎臓炎による網膜炎で失明の危機に遭い、亡くなる前の二年あまりに《落葉》《黒き猫》を描いたが、慢性腎臓炎のため満36歳で没した。 明治7年(1874年)、いまの長野県飯田市仲ノ町に生まれた。明治23年(1890年)に東京美術学校へ入り、橋本雅邦や校長の岡倉天心に学んだ。
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