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岸田劉生

岸田劉生

きしだ りゅうせいKishida Ryusei
7 Artworks

岸田劉生は銀座に生まれた。父は「精錡水」で財を成した実業家にして新聞人、岸田吟香。裕福な家で育ちながら早くにキリスト教へ傾倒し、やがて画業へ舵を切って黒田清輝の白馬会に学ぶが、そこで教わった穏当な外光派には長くとどまらなかった。二十歳そこそこで飛び込んだのはフュウザン会、セザンヌやゴッホの荒々しい筆致に憑かれた一時期だ。だが劉生の資質はもっと執拗で、もっと内へ内へと向かうものだった。まもなく彼は北方ルネサンスのデューラーに出会い、絵は熱狂ではなく凝視から生まれるものだと知る。以後の代表作、切り通しの道を描いた道路と土手と塀(切通之写生)の、乾いた土と光をミリ単位で描き込む執念は、その転向の産物だ。1915年には草土社を結成し、若い画家たちと写実を煮詰める運動を率いた。何より知られるのは娘・麗子を描き続けた「麗子像」の連作である。麗子微笑をはじめ、幼い娘の顔は年を追うごとに不気味なほど克明になり、愛らしさとグロテスクの境目に立つ独特の像を結んでいく。晩年は東洋への回帰を語り、宋元の院体画や浮世絵の妖しい美、彼自身の言う「デロリとした美」を追い求め、京都・大阪と居を移しながら制作を続けた。1929年、満州旅行からの帰路、山口県徳山で急逝。38歳だった。短い画業のうちに幾度も画風を転じながら、その都度ぶれずに追い続けたのは、対象を見尽くすという一点だった。

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