様式
ロマネスク
ろまねすく
ロマネスク(ろまねすく)は、10世紀末から12世紀にかけて西ヨーロッパに広まったキリスト教美術の様式。修道院の教会堂を中心に、半円アーチと石造のボールト(曲面天井)、厚い壁をもつ重厚な建築が建てられ、柱頭や扉口のタンパン(半月形の壁面)の浮彫、壁画、写本画がこれを飾った。古代ローマの伝統にケルト・ゲルマンの要素やビザンティン美術の影響が加わって地方ごとに多様な姿をとり、12世紀中ごろからゴシックに取って代わられた。名は、19世紀初めにフランスの考古学者たちが、古代ローマの建築につながる「ローマ風」の様式という意味で「ロマン」と呼んだことに由来する。
出典: コトバンク「ロマネスク美術」(改訂新版 世界大百科事典(吉川逸治)・日本大百科全書(濱谷勝也)・百科事典マイペディア・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、2026-10-12 取得) https://kotobank.jp/word/ろまねすく美術-3176446、コトバンク「ロマネスク」(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典、2026-10-12 取得) https://kotobank.jp/word/ろまねすく-3176445、Encyclopaedia Britannica「Romanesque art」(2026-10-12 取得) https://www.britannica.com/art/Romanesque-art、ナショナル・ギャラリー(ロンドン)「Romanesque」(Glossary、2026-10-12 取得) https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/glossary/romanesque
年表・沿革
910
- アキテーヌ公ギヨーム1世の寄進でブルゴーニュにクリュニー修道院が創建され、のちに巡礼路の要所に大きな会堂を建ててロマネスク美術を広める修道会の総本山となった。
1030
- 神聖ローマ皇帝コンラート2世が、ドイツの初期ロマネスク様式の代表作となるシュパイヤー大聖堂を起工した。
1064
- ピサでブスケトゥスの設計による大聖堂が起工され、のちにイタリア・ロマネスク建築を代表する聖堂となった。
1088
- クリュニー修道院長ユーグのもとで、当時ヨーロッパ最大の聖堂となる第3聖堂の建設が始まり、1130年ごろに完成した。
1144
- パリ北郊のサン・ドニ修道院で改築中の聖堂の祭室部が完成してゴシックの様式が現れ、12世紀中ごろからロマネスクに取って代わり始めた。
関連人物
- クリュニー修道院長 クリュニーのユーグ 1049〜
1049年から1109年まで院長を務め、1088年に、当時ヨーロッパ最大の聖堂となるクリュニー第3聖堂の建設を始めた。
- 考古学者 シャルル・ド・ジェルヴィル 1818〜
ノルマンディーの考古学者。1818年にオーギュスト・ル・プレヴォーにあてた手紙で「ロマン」の語を使っており、友人のコーモンとともに、この呼び名のもとを作った一人とされる。
- 考古学者 アルシス・ド・コーモン
フランスの歴史家・考古学者。ゴシック建築に先立つ中世建築の様式を、著書で「ロマン」と名づけた。
- 彫刻家 ギスレベルトゥス
1120〜35年ごろにオータンのサン・ラザール大聖堂の扉口や柱頭を飾った彫刻家。西扉口の《最後の審判》に「ギスレベルトゥスこれを作る」と名が刻まれ、その作者と伝えられる。この名を注文主のものとみる説もある。
