長門国長府、御用絵師の家に生まれた。十九歳で江戸に出て木挽町狩野家の狩野勝川院に入門し、橋本雅邦と机を並べて腕を競った。狩野派の技法を徹底的に叩き込まれながらも、そこに安住しない目を持っていた画家である。 維新後、多くの絵師が食い扶持を失って転業するなか、芳崖もまた困窮の時代を過ごした。生活のために陶器の下絵や写真の彩色まで手がけたと伝わる。
1885・紙本墨画/額装
1888
1885
1887
1887・紙本墨画/パネル