近江の名門・浅井家に仕えた武家の子として生まれ、幼くして京都・東福寺に入る。だが友松の絵は、寺で行儀よく学んだだけの筆ではない。姉川の戦いで浅井家が滅び、一族の多くが討たれるという修羅場をくぐり抜けた男の絵だ。還俗して絵師となったのは四十歳を過ぎてからと伝わり、遅い出発だった分、迷いがない。
1600
1600・紙本着色金彩/六曲一双屏風