初代歌川芳宗(1817〜1880)は、師の歌川国芳の作品で、使う色を指定する「色差し」をした浮世絵師である。十数度も破門されながら、そのたびに国芳のもとへ戻ったと伝わる。 父は大工職の林忠蔵で、芳宗自身は鹿島の姓を名のった。通称は松五郎。天保6年(1835年)、19歳で国芳に入門し、まもなく芳宗の画名と一松斎の号を与えられた。
1863・木版多色刷/大判