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ラファエロ・サンティ美しき女庭師
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《美しき女庭師》は「うつくしきおんなにわし」と読む。ラファエロがフィレンツェ時代の終わりに、牧場の聖母ヒワの聖母に続いて描いた聖母子画である。この町で描いた聖母子の頂点とされる。聖母の顔は、何世代にもわたって画家たちが美の手本にした。
この名は、描かれた当時のものではない。絵は少なくともルイ14世の時代からフランス王室のコレクションにあり、その目録には初め「農婦の姿の聖母」と記された。1720年ごろ、美術愛好家のマリエットが「女庭師」と呼び、まもなく、この絵を写した版画に「美しき女庭師」と彫られるようになった。ルーヴル美術館での正式な題は《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ》である。
のどかな名とは裏腹に、絵にはイエスがやがて十字架にかけられる運命がひそむ。イエスが手を伸ばす小さな本は、自らの受難を告げる書物とされる。そのイエスを、十字架の杖を持つ幼い洗礼者ヨハネがひざまずいて見上げる。前景の花では、スミレが聖母の謙遜を、オダマキがキリストの受難を表す。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 油彩・板(ポプラ)
- 制作年
- 1507
- 作品サイズ
- 122 × 80 cm
作家プロフィール

ラファエロ・サンティ
自然さえ彼に負けるのを恐れたと、ラファエロ・サンティの墓碑銘はたたえる。《アテナイの学堂》や三角形の構図にまとめた聖母子で知られる画家・建築家で、盛期ルネサンスの三大巨匠の一人に数えられる。 1483年、ウルビーノに生まれた。父ジョヴァンニ・サンティは宮廷画家で、詩人でもあった。8歳で母を、11歳で父を亡くした。
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