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ウィリアム・ブレイク蚤の幽霊
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画家で占星術師のジョン・ヴァーリーは、ブレイクの親しい友人だった。ヴァーリーは1828年の『黄道十二宮人相学』に、ブレイクが蚤の霊の幻を見たと書いている。霊は描かれながら、蚤にはみな生まれつき度を越して血に飢えた人間の魂が宿っていると語ったという。手にしているのは血を飲むための杯である。
伝記作家アラン・カニンガムがヴァーリーから聞いた話では、ブレイクは部屋の隅を見つめて「ここにいる」と言い、道具を取らせてその場で描いた。美術史家マーティン・バトリンは、素描をもとに仕上げた可能性もあると見ている。
縦21.4センチのマホガニー板に、テンペラと金で描いた小品である。右下の署名は「WBlake Fresco」で、ブレイクは自分のテンペラ技法をフレスコと呼んでいた。ヴァーリーの息子アルバートが1878年に画家ウィリアム・ベル・スコットへ売った。1886年のエディンバラの博覧会には「吸血鬼」の題で出ている。1892年にW・グレアム・ロバートソンが手に入れ、1949年の遺贈でテートに入った。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- テンペラ・金、マホガニー板
- 制作年
- 1819
- 作品サイズ
- 21.4 × 16.2 cm
作家プロフィール

ウィリアム・ブレイク
詩人であり画家であり、職業としては銅版彫師だった。1788年ごろから使いはじめたレリーフ・エッチングは、亡くなった弟ロバートが夢に現れて教えたのだとブレイク自身が語っている。文字と図像を同じ銅板に酸で彫り起こし、刷ってから手で彩色する――この「彩飾印刷」で、1789年に《無垢の歌》を、1794年にはそれと対をなす《経験の歌》を合本にして世に出した。
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