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貴顕舞踏の略図
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楊洲周延楊洲周延

貴顕舞踏の略図

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題の「貴顕舞踏」は、身分の高い人々が開く舞踏会を指す。右上の題箋にこの題があり、右下に「楊洲周延筆」の落款と「森本版」の版元印が入る。三枚の版画を横につないだ木版の錦絵である。

舞踏会の場として知られるのが鹿鳴館である。外務卿の井上馨が欧化政策の一つとして建て、明治16年(1883年)に開いた洋館で、夜会では日本の紳士淑女がワルツやポルカ、カドリーユを踊った。ただし題にも画中にも鹿鳴館の名は無い。この図は、鹿鳴館で開かれたような舞踏会の姿を伝える一枚として見られている。条約改正に失敗した井上は明治20年(1887年)9月に外務大臣を辞め、いわゆる鹿鳴館時代はそこで終わった。周延のこの図はその翌年の作とされる。

右端でピアノを弾く女性を、瓜生繁子とする見方がある。繁子は明治4年(1871年)に渡米した最初の女子留学生5人の一人で、ヴァッサー大学の音楽科を出て明治14年(1881年)に帰国した。日本最初のピアニストとされ、のちに東京音楽学校で教えた。

ジャンル
和・アジアン
作品種別
版画
技法
木版色摺・三枚続
制作年(画)
1888

作家プロフィール

楊洲周延
楊洲周延

楊洲周延(1838〜1912)は、明治の「回顧」を一手に引き受けた絵師である。高田藩士の子に生まれ、国芳・三代豊国・国周に学び、彰義隊に加わって上野で戦った経歴を持つ。 その周延が明治半ばから量産したのが、《千代田之大奥》《千代田之御表》の連作だった。

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