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楊洲周延扶桑高貴鑑 明治天皇
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三枚続の右の一枚で、左に皇后、中央に皇太子が描かれる。版元と御届の日付は左の一枚にあり、この図には入っていない。慶應義塾大学が持つ一組によれば、御届は明治20年8月8日、画工兼出版人は大森覚太郎、署名は「応需楊洲周延筆」。図の上に「扶桑高貴鑑」の題がある。
画中に人物の名は摺られていない。明治天皇と分かるのは、三枚を揃えた組み合わせからである。
当時、絵師が手本にできる公式の肖像写真はなかった。明治6年(1873年)に内田九一が軍服姿の天皇を撮り、その複製が各地へ配られたが、やがて天皇は撮影を嫌うようになり、公式写真は撮られなくなる。キヨッソーネが天皇を写生して新しい御真影を作るのは明治21年1月、下賜は明治22年で、この錦絵より後になる。皇室の肖像画の販売が認められたのは明治24年、写真は明治31年(1898年)である。









