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ラ・ジャポネーズ
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クロード・モネクロード・モネ

ラ・ジャポネーズ

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モデルはモネの妻カミーユだ。10年前に同じカミーユを描いた緑衣の女性がサロンで評価されたので、その対になる絵を勧められ、素晴らしい衣装を見せられて描いたのだという。後年モネ自身が画商に語っている。モネが初期に描いた等身大の肖像の、これが最後の一点になる。

その衣装が、この打掛だ。裾に綿を入れて厚くした上着で、婚礼や舞台で羽織る。江戸末期から明治初期の、歌舞伎か遊女のものらしい。裾に刺繍された武者は、謡曲《紅葉狩》の一場面である。紅葉見物に出た武将が美しい女に出会う。その正体は鬼だった。ボストン美術館が日本の研究者と調べて特定した図柄だ。

カミーユの髪はもともと褐色で、この絵では金髪のかつらをかぶっている。手にしている扇は赤・白・青、フランス国旗の色だ。題の《ラ・ジャポネーズ》は「日本の女」という意味だが、ここにいるのはパリの女である。発表当時から批評家がそう指摘していた。

画面の左下に「Claude Monet 1876」と署名がある。その年の第2回印象派展に出したときの題は《ジャポヌリ》で、日本の品を模した西洋の工芸を指す当時の新語だった。賛辞と嘲笑が半々に集まり、エミール・ゾラは色彩においても奇抜さにおいても驚異的だと評した。

絵は何人かの手を経て、1918年にパリの画商ロザンベールが買った。1956年にボストン美術館へ入っている。2013年には、来館者の目の前で1年をかけた修復が行われている。

作品種別
絵画
技法
油彩・カンヴァス
制作年
1876
作品サイズ
231.8 × 142.3 cm

作家プロフィール

クロード・モネ
クロード・モネ

1874年、クロード・モネはパリで仲間と開いた展覧会に港の朝の絵を出し、カタログに載せる題を「印象」とした。批評家ルイ・ルロワがこの題をからかった記事から、モネたちを指す「印象派」の名が生まれた。積みわら、ルーアン大聖堂、睡蓮と、同じ対象を繰り返し描き、光と大気の移ろいを追った画家である。 1840年にパリで生まれ、1845年ごろ港町ル・アーヴルへ移った。

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