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フィンセント・ファン・ゴッホアルルの寝室(シカゴ)
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アルルの「黄色い家」の自室を描いた三点のうちの二点目である。最初の一点は1888年10月に描かれ、1889年4月にゴッホが入院している間にローヌ川の氾濫で傷んだ。テオが裏打ちして送り返すことを提案し、ゴッホはサン=レミの療養院で1889年9月にこの二点目を描き、同時に母と妹のために小さな三点目を描いた。壁の二枚の肖像は友人の画家ウジェーヌ・ボックとミリエ少尉で、三点はこの肖像で見分けられる。
ゴッホは最初の一点を描いたとき、壁は淡い藤色、床は褪せた赤、椅子と寝台はクロム黄、掛布は血の赤、と色を列挙し、この絵を見ると「頭が休まる」ようにしたいと書いた。この絵は1889年12月にテオへ送られ、妻ヨーが1901年までにパリの画商ジョス・エッセルに売り、ウィーンの収集家ラインニングハウスを経て、1926年にシカゴのフレデリック・クレイ・バートレットが買ってシカゴ美術館に寄贈した。
- 作品種別
- 絵画
- 技法
- 油彩・カンヴァス
- 制作年
- 1889
- 作品サイズ
- 73.6 × 92.3 cm
作家プロフィール

フィンセント・ファン・ゴッホ
オランダ南部、牧師の家に生まれる。画商の見習い、ロンドンやパリでの奉公、教員、そして炭鉱町での伝道師と、二十代半ばまで職を転々とし、そのどれにも居場所を見つけられなかった。画家になろうと決めたのは27歳を過ぎてから。独学に近く、アントン・マウフェに短く師事した程度で、初期はオランダの農民や織工を沈んだ土色で描いた。
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