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幽霊図
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円山応挙円山応挙

幽霊図

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円山応挙の《幽霊図》は、落款のある幽霊画の代表作とされる。「お雪の幻」という通称の手がかりは、絵を収めた箱にある。のちの持ち主が書いた覚え書きによれば、お雪は近江国大津の芸妓屋「富永」の芸妓で、若くして世を去った。ここから、応挙が愛したお雪を夢に見て描いたという話が語られるようになった。

足のない幽霊は応挙に始まる、とよく言われる。だが、応挙が生まれる前の年、享保17年(1732年)に出た怪談本『太平百物語』の挿絵で、女の幽霊の腰から下はすでに細く消えている。この絵は、乱れ髪や白い衣、薄れて消える下半身という江戸後期の幽霊の型を備えた、早い例の一つと見られている。

弘前市の久渡寺にも、応挙筆と伝わる幽霊画があるが、落款も印もない。令和8年(2026年)の青森県の県重宝指定の議案では、その絵がこの《幽霊図》と比べられ、技量や表現に「遜色はない」とされた。《幽霊図》はいま、個人の蔵品としてカリフォルニア大学バークレー校の美術館に預けられている。

作品種別
絵画
技法
絹本着色・軸
制作年
1733–1795
作品サイズ
97.8 × 26 cm

作家プロフィール

円山応挙
円山応挙

丹波国穴太村、貧しい農家の生まれ。少年の頃に京へ出て、狩野派の石田幽汀に絵を学んだが、応挙を後の応挙たらしめたのは狩野派の型ではなく、玩具商で扱っていた「眼鏡絵」の仕事だった。西洋の透視図法を使い、覗き眼鏡で覗くと奥行きが浮かび上がる細密な風景画。これを量産するうちに、応挙は物を型で描くのではなく、目に見えたとおりに描くという発想を体に叩き込んでいく。

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