巨大な波が牙のように砕け、その谷間に押送船が三艘、遠景に小さく富士。世界で最も知られる日本の版画。ベロ藍の階調が波の量感を支える。
九十年の生涯で三十回名を変え、九十三回引っ越し、死の床で「天があと五年の命をくれたなら、真の画工になれたものを」と嘆いた——葛飾北斎(1760〜1849)は、江戸が生んだ最も貪欲な絵の求道者である。 本所割下水の生まれ。十九歳で勝川春章に入門し、春朗の号で役者絵から出発した。
1831–1832・木版多色刷/中判
1831・木版多色刷/大判横絵
1831
1830–1832・木版画
1830–1833・木版多色刷/大判
1834・木版多色刷/長判竪絵