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歌川広重東海道五十三次(保永堂版) 43 桑名 七里渡口
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宮(熱田)から桑名までの七里は東海道で唯一の海路で、旅人は舟で伊勢湾を渡った。その舟が着く桑名の湊を、帆の大きさで描く。
保永堂版『東海道五十三次』の一図。天保5年(1834年)頃、日本橋の保永堂(竹内孫八)が出した全55図の揃物で、初めは仙鶴堂との合版だった。広重が天保3年に幕府の八朔御馬献上の一行に加わって東海道を歩いたという通説があるが、『東海道名所図会』から構図を借りた図が多いことから疑う説もある。









