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歌川広重東海道五十三次(保永堂版) 31 舞坂 今切真景
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舞坂と新居のあいだは陸路が切れ、船で渡った。「今切」は明応の地震で浜名湖が海とつながった切れ目の名で、広重はこの地形そのものを一図の主題にしている。
保永堂版『東海道五十三次』の一図。天保5年(1834年)頃、日本橋の保永堂(竹内孫八)が出した全55図の揃物で、初めは仙鶴堂との合版だった。広重が天保3年に幕府の八朔御馬献上の一行に加わって東海道を歩いたという通説があるが、『東海道名所図会』から構図を借りた図が多いことから疑う説もある。









