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小林清親久松町ニテ見ル出火
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清親が描いたのは、明治14年(1881年)2月11日の夜の大火で、題字にも「明治十四年二月十一日夜大火」とある。屋根の上の男たちは、家を取り壊して延焼を食い止めようとする消防の人々だと、アムステルダム国立美術館の記録にある。
この年の初め、東京では2週間をおいて二度の大火が起きた。清親が光線画のシリーズから離れる直前に出した4点は、二つの火事と焼け跡を描いており、この図もその一つである。1月26日の火事では清親の家も焼けたと、プリンストン大学美術館の記録にある。写生帖からは、清親が夜に外へ出て火事を写生したことが確かめられる。
出版元は福田熊次郎で、右端の刊記には「福田熊二良」と記されている。大火が光線画をやめた理由なのかどうかは、研究者の間で見方が分かれている。
- 作品種別
- 版画
- 技法
- 木版多色刷/大判
- 制作年(画)
- 1881
- 作品サイズ
- 24.5 × 36.4 cm









