期間限定 手数料割引中 出品者3% 購入者1%
仙人掌群鶏図
Public domain
伊藤若冲伊藤若冲

仙人掌群鶏図

この作品をお持ちですか? 出品する →
0

金地の襖6面に、雄鶏6羽、雌鶏4羽、雛7羽。両端に仙人掌(サボテン)を置き、青く塗った太湖石を添える。左右3面ずつが西福寺本堂の仏間を挟み、各面に丸い引手が付く。

天明8年(1788年)の京都大火で、若冲は73歳で住まいと工房、実家の桝源を失った。薬種商の吉野寛斎が、檀家として属する豊中の西福寺に襖絵の仕事を世話し、若冲は半年ほど寺に住み込んで描いた。款記は「斗米菴米斗翁行年七十五歳画」。米一斗と墨画一枚を交換して暮らしていたことによる号である。

鶏は若冲が庭で飼い、生涯描き続けた画題である。サボテンは寛文11年(1671年)に上海から伝わった珍しい植物で、鶏と組み合わせた例はほかにない。寛斎が大坂で営んでいた植物園で写生させたものを転用したのではないかと考えられている。辻惟雄は「完成度の面で琳派の金碧障壁画に匹敵する」と評した。昭和27年(1952年)重要文化財。

作品種別
絵画
技法
紙本金地著色・襖六面(寸法は各面)
制作年
1789
作品サイズ
177.2 × 92.2 cm

作家プロフィール

伊藤若冲
伊藤若冲

庭に数十羽の鶏を放し、朝な夕なその姿を写し続けた男がいた。羽の重なり、蹴爪の反り、地を掻く一瞬の脚——飽きるほど眺めてから、ようやく筆を執る。伊藤若冲は正徳6年(1716年)、京・錦小路の青物問屋「枡屋」に長男として生まれた。家業を切り盛りするかたわら、まず狩野派の筆法を習い、次いで舶来の宋元画を一枚また一枚と模写し、尾形光琳ら琳派の金地の装飾も取り込んだ。

プロフィールを見る

伊藤若冲の他の作品