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吉

吉川観方

よしかわ かんぽうYoshikawa Kanpo
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吉川観方(よしかわ かんぽう、1894〜1979)は、京都・大阪の役者絵を木版画にし、舞台や映画の衣裳を考証した日本画家・風俗史研究家である。絵画、衣装、生活用品など約3万点を集め、その寄贈が奈良県立美術館の開館につながった。

京都市に生まれ、本名を賢次郎という。明治34年(1901年)から西堀刀水と竹内栖鳳に日本画を学んだ。京都市立絵画専門学校の在学中から、古い絵を模写し、挿絵を描く仕事もしている。掲載先は、江馬務が主宰する風俗研究会の雑誌『風俗研究』だった。

大正5年(1916年)、京都で初めて木版の役者絵を制作した。翌年には「舞台のかげ」が第11回文展に入選する。さらに大正7年(1918年)、松竹の舞台意匠顧問となり、時代考証に携わった。その給料を元手に、資料の収集も本格的に始まったとされる。

版画に描いたのは、京都・大阪で演じられる和事の芝居だった。大正11年(1922年)には、関西で初めて雲母摺りの大錦判の役者絵を出した。京都の佐藤章太郎商店が出版し、彫りと摺りは専門の職人が担った。大正14年(1925年)の『観方創作版画 第壱集』には、「成駒屋の紙治 河庄の場」「河内屋の権太」などが収められている。

ところが、この年を最後に版画制作をやめ、展覧会への出品からも離れた。以後は注文に応じて絵を描きながら、研究と収集、考証に力を注いだ。

昭和9年(1934年)には、京都・東山区の自宅に観方写生場を設けた。ここで開いた故実研究会の写生会には、上村松園も参加している。映画では衣笠貞之助監督の「大坂夏の陣」の衣裳を手がけ、戦後には同監督の「源氏物語 浮舟」で時代考証を担当した。服装の歴史をまとめた『帯の変遷史』『日本女装史』などの著作も残した。

昭和48年(1973年)、観方が集めた近世の日本画や浮世絵、染織品などの寄贈を機に、奈良県立美術館が開館した。平成5年(1993年)には、福岡市博物館が旧吉川観方コレクション約1万2,000点を購入した。この旧蔵コレクションは、同館の幽霊・妖怪画コレクションの中核をなしている。

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