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歌川貞房

歌川貞房

うたがわさだふさUtagawa Sadafusa
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生没年はわからない。それでも残された絵を並べれば、この絵師が何を得意とし、どこで筆を執っていたかは、はっきりと見えてくる。歌川貞房、本姓は大沢。五亀亭・五湖亭・五楓亭・桶蝶楼・震斎と、号をいくつも替えながら、文政から嘉永にかけての江戸で仕事を続けた浮世絵師である。

歌川国貞の門に学んだ。役者絵と美人画で版元の受けを一身に集めた、のちの三代豊国その人である。師ゆずりの、似顔で役者の押し出しをとらえる描きぶりが貞房の芯にあった。江戸東京博物館に残る大判錦絵三枚続《東都両国夕涼之図》は、両国橋のたもとに集う夕涼みの群衆を横長の画面いっぱいに繰りひろげた一枚で、扇を使う手、川面をのぞく身振り、涼を求めて行き交う町人の姿が、都市の夏を丸ごと切り取っている。忠臣蔵に取材した《忠臣蔵見立人形》や三枚続の《忠臣蔵》も伝わり、芝居と見立ての引き出しの広さがうかがえる。

貞房の本業はむしろ本の中にあった。『見世物語』(文政四年)、『仇競花夕栄』、『勧善浮世車』といった合巻の挿絵、そして『艶本玉の茎』のような艶本を数多く手がけ、錦絵一枚絵の華やかさとは別の、物語の呼吸に寄り添う筆を鍛えた。

肉筆も残る。絹本着色《扇に筆をとる遊女》は、扇面に何かを書きつけようと筆を構える遊女を描いた一図で、いまはイタリアのジェノヴァ東洋美術館にある。海を越えて渡ったこの一枚が、彼の名を遠い異国にとどめている。

はじめ江戸京橋に住みながら、のちに大坂へ移り住んだと伝わる。上方の芝居町へ国貞門下の江戸の似顔を持ち込んだ絵師として、二つの絵の都を結ぶ位置に立つ。門人に歌川房種がいる。

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