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テオドール・ルソー

テオドール・ルソー

Théodore Rousseau
8 作品

テオドール・ルソーは、描き続けたフォンテーヌブローの森を伐採から守ろうと、意見書まで出したフランスの画家だ。木を一本ずつ人のように見つめる風景画で、バルビゾン派の中心となった。

1812年、パリに生まれた。十代前半に森の木を挽く製材所へついて行き、山や湖や森を初めて見た。画塾に入ってからも、歴史の物語を題にする課題になじめず、目の前の自然を描きたがった。

1831年、パリの官展に初めて出品し、1834年には三等メダルを得た。だがジュラ山脈の牛の山下りは審査で落とされ、審査員らから「怪物」と呼ばれた。落選はその後も続き、「落選の大画家」というあだ名までついた。

フォンテーヌブローの森に近いバルビゾンには1830年代から通い、結婚の話が破れたあと、1840年代後半に1人で住み着いた。家には画家や批評家が集まり、のちにジャン=フランソワ・ミレーも同じ村で暮らすようになった。

1848年の革命のあと、友人たちが訪ねると、ルソーの家を若い女性が切り盛りしていた。法律上は結婚しなかったが、ルソーはいつも彼女を妻と呼んだ。妻はのちに正気を失う。友人たちは離れるよう勧めたが、ルソーはそばに置き続けた。

ルソーは森を描くだけでなく、その木々を守ろうとした。1852年ごろ、自分の絵を買い集めようとしていた収集家に意見書を出し、伐採を止めるよう求めた。願いは通り、森の一角は木々を年老いて死ぬにまかせる土地となった。伐採が進む場所では、失われる前の古木を絵に残そうとした。

1855年の万国博覧会には13点を出した。かつて落選したころの絵も並び、ルソーにとって大勝利となった。

1867年には万国博覧会の審査委員長を務めた。7月の授賞でほかの審査員たちが勲章の位を上げられたのに、委員長のルソーだけが外された。1か月後の8月1日に発作で倒れ、病床で昇進は確かだと知らされると安堵した。

冬の森に日が沈む大作The Forest in Winter at Sunsetには長年筆を入れ続け、生涯売らなかった。その年の12月、医師の許しを得て再び描こうとしたが、手は力なく落ちた。同月22日、ミレーらに見守られながらバルビゾンで世を去った。

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