ソル・ルウィット
壁に描かれた線は、誰が引いたのか。ソル・ルウィット(1928〜2007)の《ウォール・ドローイング》の前に立つと、この問いがまず浮かぶ。作者自身は筆を持たない。彼が遺すのは番号を振った指示書だけであり、実際に壁へ線を刻むのは助手たちの手である。作品は特定の壁に固定されず、指示さえあれば世界のどこであっても、何度でも立ち上げ直せる。着想(コンセプト)と実行を切り離したこの方法は、以後の現代美術がものをどう作り、どう所有するかという前提そのものを書き換えた。
コネティカット州ハートフォードに生まれ、シラキュース大学で美術を修めたのち、ニューヨークへ出る。特定の師にはつかず、建築家I.M.ペイの事務所で製図工として働いた数年間が、むしろルウィットの造形観を鍛えた。図面を引く者と、それを施工する者が分かれている——この分業の構造をそのまま美術に持ち込んだのが、彼の仕事の核心である。
1960年代、ミニマル・アートの潮流のただ中で、ルウィットは立方体を基本単位とする格子状の立体を発表する。彼はこれを彫刻ではなく「ストラクチャー(構造体)」と呼んだ。あらかじめ定めた規則にしたがって同じ単位を反復・変奏する手つきは、作者の技巧や感情表現ではなく、据えられた体系そのものを観者の前に差し出す。1967年、彼は「アイデアが芸術をつくる機械になる(The idea becomes a machine that makes the art)」と記し、1969年の《コンセプチュアル・アートに関する断章》《センテンス》によって、この立場をコンセプチュアル・アートの理論的な礎石にまで押し上げた。ソル・ルウィットの名は、ドナルド・ジャッドらと並ぶミニマリズムの担い手としてだけでなく、コンセプチュアル・アートという運動そのものの起点としても語られる所以である。
《ウォール・ドローイング》は1968年に始まり、生涯で1200点を超える。初期は鉛筆による直線とその集積が壁面を覆うにとどまっていたが、晩年になると一転、アクリルを用いた鮮烈な色面とうねる曲線が壁いっぱいに広がる、装飾的とも呼べる画面へと展開した。同じ「指示に基づく壁画」という方法論の内側で、禁欲から奔放へと振れ幅を描いたことこそ、ルウィットという作家の稀有な軌跡である。彼の作品はニューヨーク近代美術館(MoMA)やホイットニー美術館をはじめ世界の主要美術館に収蔵され、マサチューセッツ州ノース・アダムズのマス・モカには専用の常設展示棟まで設けられている。
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