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濱田庄司

濱田庄司

はまだしょうじShoji Hamada
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神奈川・川崎の生まれ。東京高等工業学校で窯業化学を学んだ理系の出だが、そこで生涯の友となる河井寛次郎と出会ったことが人生を決めた。京都市立陶磁器試験場で釉薬研究に打ち込んだのち、1920年、まだ無名だったイギリス人陶芸家バーナード・リーチと共に渡英。コーンウォールの漁村セント・アイヴスで窯を築き、灰釉や柿釉の掛け方を英国の職人たちに教えながら、逆に現地のスリップウェアから学ぶという得がたい四年間を過ごした。

帰国後の1924年、益子に居を定める。当時の益子は日用雑器の産地で、芸術家が住みつくような土地ではなかったが、濱田はここに腰を据え、轆轤を挽き、釉を掛け、薪窯を焚く暮らしをそのまま作品に映していった。柳宗悦、河井寛次郎とともに民藝運動の中心を担い、「用の美」を掲げて地方の名もなき仕事に光を当てる。自らも指描き・流し掛けの大胆な文様と、鉄釉・柿釉・塩釉を厚くまとわせた力強い器を量産し、飾らない台所道具にこそ美が宿ることを実作で示し続けた。

1955年、第一回の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。晩年は日本民藝館の館長も務め、沖縄や朝鮮半島、英国の陶磁を広く見て回った眼を、益子の土と釉薬の組み合わせに注ぎ込んだ。1978年、益子で没。作家性を誇示せず、日々使われる器の中に美を探り続けた生涯だった。

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