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ピーテル・ブリューゲル(父)

ピーテル・ブリューゲル(父)

ピーテル・ブリューゲルPieter Bruegel the Elder
10 作品

雪に埋もれた村、氷った池でスケートに興じる人々、遠くに霞む教会の塔——雪中の狩人を見ていると、五百年前のある冬の午後にほんとうに立ち会っているような気になる。ブリューゲルはそういう画家だった。宗教画の伝統的な題材を借りながら、そこに映るのは常に同時代のフランドルの村と農民の暮らしぶりで、聖書の一場面すら雪深い低地地方の風景に置き換えてしまう。

生年も出身地もはっきりしないが、1551年にはアントウェルペンの画家組合に登録され、まもなくイタリアへ旅している。アルプスを越えた経験は、後年の山岳風景に生きた——南のイタリアの構図的な壮麗さより、むしろ北の目で捉えた岩と谷の実感が画面を支配する。版画家として出発し、ヒエロニムス・ボス風の奇怪な図像で名を上げたのち、1550年代半ばから油彩に軸足を移す。ボスの幻視的な悪魔や地獄絵の系譜は死の勝利のような作品に色濃く残るが、ブリューゲルはそこに乾いた諦観と痛烈な社会観察を加えた。

1560年代、ブリュッセルに移ってからの数年が仕事の頂点になる。ウィーンのハプスブルク家の廷臣ニクラス・ヨンゲリンクの依頼で描かれた「一年の月々」連作——現存する雪中の狩人牧人たちの帰り穀物の収穫など——は、季節労働に明け暮れる農民の姿を通して自然と人間の営みを一枚の絵に凝縮した、西洋絵画史でも稀な達成だ。バベルの塔はブリュッセルの都市風景を思わせる煉瓦積みの巨塔として描かれ、子供の遊戯では八十を超える遊びが画面いっぱいに散らばる。晩年の農民の踊り農民の婚宴になると、酔いどれの祝宴を突き放して見る視線がいっそう際立ち、農民を単なる牧歌の添え物ではなく、生きて笑い、貪り食う人間として描いた。

1569年、ブリュッセルで没した。息子のピーテル・ブリューゲル(子)とヤン・ブリューゲル(父)がともに画家となり父の構図を写し継いだため「農民ブリューゲル」の名は一族のブランドとして残ったが、群衆の中に個を溶け込ませながらも一人ひとりの仕草を見失わない父の観察眼だけは、誰にも受け継がれなかった。

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