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西山翠嶂

西山翠嶂

にしやま すいしょうNishiyama Suishō
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犬や猿、山羊といった生きものを描くとき、西山翠嶂の筆はまず骨と息づかいを掴みにいく。毛並みの装飾に酔うのではなく、その肉の重みと、次の瞬間に動きだす気配を絹の上に据える——これが、京都画壇に生きたこの日本画家の背骨である。

西山翠嶂(本名・夘三郎)は1879年、京都・伏見に生まれた。1893年、十四歳で竹内栖鳳の門を叩き、のちに師の女婿となる。栖鳳がヨーロッパから持ち帰った、対象を実際に見て捉える徹底した写生の姿勢——それを最も忠実に受け継いだ一人が翠嶂だった。円山・四条派に流れる写生の伝統を土台に、彼は人物画と動物画に的を絞っていく。

初期の《広寒宮》(1907年、第1回文展)で世に出て、《春霞》(1919年、第1回帝展)、特選を得た《落梅》へと歩を進めた。晩年に日展へ出した《黒豹》や《山羊と猿》には、獣の質量をまっすぐ見据える眼が最後まで残っている。絹本・紙本の著色を軸に、六曲一双の屏風から額装まで、形式を自在に使い分けた。

育てる人としての比重も大きい。1919年に京都市立絵画専門学校教授、1933年から36年まで同校校長を務め、1921年頃に開いた画塾「青甲社」からは堂本印象、上村松篁、沢宏靱らが巣立った。1929年に帝国美術院会員、1944年に帝室技芸員、1957年には文化勲章を受け、翌1958年に世を去る。作品は京都市美術館、京都国立近代美術館、東京国立近代美術館、大阪市立美術館に収められている。

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