
フランス・ハルス
笑う顔を描かせたら、この人の右に出る者はいない。笑う騎士の口髭の男は、キャンバスの中からこちらをからかうように見返してくる。頬の紅潮、目尻の皺、今にも声が漏れそうな唇――写真のシャッターでは絶対に捉えられない、その一瞬前の表情をハルスは筆で止めてみせた。
アントウェルペン生まれ、幼くして一家はハールレムに移り住み、ハルスは生涯のほとんどをこの町で過ごした。肖像画家として名を上げたのは、素早く大胆な筆致による。輪郭線でものの形を囲うのではなく、絵具を置く一筆一筆がそのまま形になる。ジグザグに走る筆跡は完成後もキャンバス上に生々しく残り、近くで見れば荒々しい絵具の塊にしか見えないのに、数歩下がるとレースの襟や酒盃の輝きが忽然と像を結ぶ。この「アラ・プリマ」の技法は、二世紀のちにマネやサージェントら印象派世代を驚嘆させ、彼らはこぞってハールレムまでハルスの絵を見に訪れている。
陽気な酒飲みの赤ら顔の男、聖ジョルジュ火縄銃手組合の集団肖像に居並ぶ男たちの誰もが、じっと座らされた不自然さを感じさせない。杯を掲げる腕、隣と交わす目配せ、そうした一瞬の動きをそのまま定着させる手腕は同時代の誰にも真似できなかった。妻を描いた夫婦の肖像では、庭園を背に寄り添う二人の砕けた表情が、公式な婚姻画の型を軽々と超えている。
一方で人生は決して順調ではなかった。子だくさんで家計は常に苦しく、晩年は市の救済を受けるまでに困窮する。それでも筆は衰えるどころか凄みを増し、最晩年に描いた男女養老院の理事たちの肖像は、黒と白のわずかな色数だけで人間の老いと威厳を刻みつけた、油彩表現の到達点というべき仕事になった。皮肉にも、その老人ホームの理事たちを描いた翌年、ハルス自身が救貧院で世を去っている。
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