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ディエゴ・リベラ

ディエゴ・リベラ

Diego Rivera
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巨大な壁に、革命の記憶と労働者の汗と先住民の神話を一度に塗り込めた男。グアナフアトに生まれ、幼くして神童扱いされメキシコシティの美術学校に入り、二十歳そこそこでスペインへ渡った。だがヨーロッパで彼をつかんだのはプラド美術館の古典よりもパリの喧噪だった。モンパルナスに居を構え、パブロ・ピカソらと交わりながらキュビスムの画面構成を十年近く実践し、色と面の組み立て方を身体に叩き込む。同時にポール・セザンヌの量感の作り方にも目を凝らした。この期間の抽象的な習作は、のちの壁画の骨格そのものになる。

1921年、メキシコ革命後の混乱がひとまず落ち着いた祖国に戻ると、リベラは一転して具象へ舵を切った。ホセ・クレメンテ・オロスコ、ダビド・アルファロ・シケイロスとともに国が推し進めた壁画運動の中心に立ち、公共建築の壁を庶民のための絵画に変えていく。フレスコの技法をイタリア・ルネサンスの巨匠たちから学び直し、教育省庁舎や国立宮殿の階段室に、鉱山労働者、サトウキビ刈り、市場の女たち、そしてアステカの神々までを一枚の壁に同居させた。代表作《メキシコの歴史》は征服以前の文明から革命までを見開きの叙事詩のように描き切っている。

1930年代にはデトロイトの自動車工場に招かれ《デトロイト・インダストリー》を、ニューヨークのロックフェラー・センターでは《岐路に立つ人間》を手がけたが、後者はレーニンの肖像を含む政治色ゆえに完成直後に破壊され、リベラの名を悪名とともに世界に轟かせた。私生活では画家フリーダ・カーロと二度結婚した関係でも知られ、互いの創作と激しい愛憎が終生からみ合う。晩年の《アラメダ公園の日曜日の夢》には、リベラ自身、フリーダ、死神カトリーナ、歴代の英雄たちが一堂に会し、生涯かけて描いてきた「メキシコとは何か」という問いへの、ひとつの答えが提示されている。

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