
アントワーヌ=ルイ・バリー
Antoine-Louis Barye
11 作品
パリの貧しい金銀細工師の家に生まれ、若い頃から金属を叩いて育った手が、のちに彫刻の道具を握ることになる。彫刻家ボシオと画家グロに学んだが、バリーを本当に鍛えたのは美術学校のアトリエではなく、パリ植物園付属の動物園だった。檻の前に日参してライオンやトラの筋肉の動き、骨格の重みを写生し、動物園から下げ渡される死んだ猛獣の死骸を自宅に持ち帰っては解剖し、皮を剥いで骨格標本まで作った。ここまで徹底して動物の身体を知ろうとした彫刻家は当時いなかった。
1831年のサロンに出品した蛇を踏みつぶすライオンが大評判を呼び、一躍時代の寵児となる。続くガビアルを食らう虎では、獲物に牙を立てた瞬間の緊張と重量感を青銅に封じ込め、ドラクロワらロマン派の画家たちが絵筆で狙っていた野生の劇性を、彫刻という静止した媒体でやってのけた。優美な理想美を彫るのが当然だった時代に、動物同士の捕食という生々しい暴力を主題に据えたことは、彫刻史における事件だった。以後「アニマリエ(動物彫刻家)」という一分野が彼を起点に確立していく。
技術面でも革新者で、鋳造業者バルビディエンヌと組んで小型青銅像を量産し、美術愛好家の書斎や暖炉の上に「野生」を届けた。晩年はパリ自然史博物館の動物画教授として教壇にも立ち、フレミエをはじめ多くの弟子を育てている。ルーヴル宮の破風彫刻も手がけ、王侯の肖像や神話の英雄ではなく、牙を剥く獣の姿でフランス彫刻の可能性を押し広げた生涯だった。
アントワーヌ=ルイ・バリーの作品をお持ちですか?
Cugiraで出品してみませんか?
11件















