青
青木崑山
あおきこんざんAoki Konzan
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青木崑山(昆山とも書く。1805〜1875)は、越後高田の在地の絵師である。文化2年(1805年)、高田近郊の稲田村で大肝煎を務める青木六郎右衛門の家に生まれ、自らもしばらく大肝煎の役に就いたが、嘉永元年(1848年)からは絵に専念し、人物画や山水画を描いた。
戊辰戦争ののち、彰義隊に加わって箱館まで戦った高田藩士・橋本直義、のちの浮世絵師楊洲周延が高田で謹慎すると、30歳以上年下のこの若者と親しく行き来した。崑山の日誌には明治3年(1870年)8月頃から「橋本来」の記事がたびたび現れ、同年11月には周延の描いた天満宮図に崑山が松を添えた合作《天満宮図》が生まれている(上越市立歴史博物館蔵)。東京へ戻った周延は崑山に宛てて、「何卒先生御存生中今一度御目ニ懸り度」と書き送った。
没年は長く明治4年とされてきたが、青木家に残る香典簿から明治8年(1875年)6月17日と改められた。
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