
狩野宗秀
かのうそうしゅうKano Soshu
3 作品
狩野宗秀(1551〜1601)は、狩野松栄の次男で、狩野永徳の弟にあたる桃山時代の絵師である。名は元秀・秀信とも伝わる。
若いころ兄とともに豊後の大友宗麟に招かれ、障壁画を描いた(現存しない)。天正4年(1576年)に永徳が安土城の障壁画に取りかかると、宗秀は兄から京の家屋敷を預かって留守を守った。天正10年(1582年)には羽柴秀吉に招かれて姫路城の殿舎の彩色を手がけ、天正18年(1590年)の御所の造営では兄を補佐した。文禄3年(1594年)の《遊行上人絵》には「狩野法眼」とあり、この頃には法眼に叙されていた。
代表作は、天正11年(1583年)、信長の一周忌にあわせて愛知・長興寺に寄進された織田信長像(重要文化財)である。ほかに大阪市立美術館の《四季花鳥図屏風》(重要文化財)、相国寺の《柳図屏風》、京の名所を扇に描いた扇面画が残る。江戸時代の『本朝画史』は、兄に学んで法を守ったが、父や兄には及ばないと評した。
慶長6年(1601年)、甥の狩野光信に息子甚之丞の後見を頼み、世を去った。門人に、談山神社の襖絵を描いた狩野宗眼重信がいる。
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