
ジョルジョーネ
本名ジョルジョ・バルバレッリ。ヴェネツィア本島から少し内陸に入ったカステルフランコの生まれで、若くして工房を構えたジョヴァンニ・ベリーニのもとで腕を磨いたと伝えられる。だが師の画風をなぞる時期はごく短い。三十代前半で世を去るまでの十年ほどのあいだに、彼はヴェネツィア絵画をそれまでと別のものに変えてしまった。
代表作とされるテンペスタ(嵐)は、その象徴のような一枚だ。稲妻の走る空の下、授乳する裸の女と対岸に立つ兵士らしき男。二人がなぜそこにいるのか、絵は何も説明しない。X線調査では女の位置に別の裸婦が描かれていたこともわかっており、画家自身が物語よりも光と大気の効果を優先して構図を練り直した跡がうかがえる。同様に三人の哲学者も、寓意の内容を特定する試みが何世紀も続きながら決着を見ない。誰のために、何を伝えるために描かれたのか、依頼主の記録すら乏しいまま絵だけが残っている。
眠れるヴィーナス(ドレスデン)は未完のまま彼の死で中断され、ティツィアーノが背景の風景を仕上げたと考えられている。この一点だけでも、彼がいかに次代へ直接手渡すかたちで影響を残したかがわかる。輪郭線で形を区切るフィレンツェ的なデッサン主義から離れ、色と陰影の重なりだけで人体や空気の距離感を作り出す描き方は、油彩を薄く重ねる技法とともにティツィアーノやセバスティアーノ・デル・ピオンボに受け継がれ、ヴェネツィア派の色彩優位の伝統そのものを方向づけた。
確実な自筆作は数点しかなく、多くが帰属をめぐって今も議論の的になっている。1510年、疫病の流行するヴェネツィアで没したとされ、詳しい死の状況すら定かではない。寡作と早世、そして謎めいた画面という取り合わせが、かえって後世の画家たちの想像力を強く刺激し続けてきた。
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