吉田博の木版画には、制作年が画面の脇に摺り込まれている。「昭和二年作」とあれば、その図案が起こされたのは1927年である。
ただしこれは、目の前の一枚がいつ摺られたかを教えてくれない。
版木は摩耗するまで使われる。同じ版から、1927年にも、1940年にも、吉田が没した1950年より後にも紙は摺られた。制作年と摺られた年は別物で、値段が変わるのは後者である。ここでは、その一枚がいつ摺られたかを読む手がかりを整理する。
先に断っておくと、単一の特徴で決まることはまずない。とくに「自摺印がないから没後摺」「鉛筆サインがあるから生前摺」は、いずれも成り立たない。理由は後述する。
画面内の署名と朱印
画面の隅に、毛筆体で「よし田」と署名があり、そばに朱の「博」印が捺されている。
これが吉田の基本形である。
生前の摺りでは署名が毛筆の筆致をそのまま写した形をとり、没後の摺りでは規格化された版刻署名に置き換わる——というのが専門サイトの説明である。版刻署名は三種類あるとされ、いずれも余白に収まり、画面の中には食い込まない。
ただし「毛筆」という言い方には注意がいる。画面内の署名も通常は主版に彫り込まれて摺られるので、一枚ずつ筆で書かれているわけではない。要点は筆の運びをそのまま写した字形かどうかで、彫りの元になった字が生前と没後で違う、と理解するほうが実態に近いだろう。
いずれにせよ、署名が画面内にあって毛筆体であれば、没後摺の特徴とは一致しない。
鉛筆の英字署名
下端の余白に、鉛筆で英題と "Hiroshi Yoshida" が書かれていることが多い。海外に出た作品に多く見られる。
複数の個体を同倍率で並べると、傾き、筆圧、Y の抜け方、語間がそれぞれ違う。版で摺られたのであれば全個体が完全に一致するので、これらは手書きである。
問題は、手書きだと分かっても年代が決まらないことだ。
文献は、鉛筆署名が常に同一人の筆跡ではないこと、そして没後摺の版刻署名を消して鉛筆署名を書き足す改竄が実際に行われていることを警告している。逆向きの例もある。作者本人が美術館に寄贈したと記録されている個体に、鉛筆署名がないことがある。
鉛筆署名は、あってもなくても決め手にならない。
「自摺」印
左余白の上部に「自摺」と入っていることがある。吉田が自分の工房で摺りを監督したことを示す印で、文献はそろって、没後の摺りには決して捺されないとする。
ただし探し方に癖がある。
印の色は一定ではない。夜景のように濃い作品では朱、淡い人物画では墨、暖色の桜の作品では茶褐と、その作品の色調に合わせて変わる。位置も左余白とは限らず、右余白に来ることがある。「左余白の朱印」だけを探すと、墨で右に捺されたものは見落とす。
そして最も重要なのは、逆が成り立たないことである。吉田はこの印を最良の摺りにのみ捺したとされる。押されなかった生前摺が存在しうるので、
自摺印がない → 没後摺
という推論はできない。自摺印の不在は、生前摺を否定する材料ではなく、判定の材料が足りないという状態を意味する。
「特」印
枠付きで一字「特」と入った印が、自摺印と同じ位置に捺されていることがある。
この印の解釈は、専門サイトの間で正面から食い違っている。特別高品質の摺りに与えられた贈答用の印だとする説と、1987年に刊行されたカタログレゾネの資金を得るための没後摺に捺された印だとする説がある。前者は生前、後者は1980年代の没後を意味する。
現状、二対一で生前説が優勢ではあるが、多数決で決まる性質のものではない。この印を見たら、それだけで年代を確定させないほうがよい。
なお、吉田遠志が1985年以降に原版から摺った記念摺には「画集記念後摺」という長い銘が用いられる。一字の「特」とは別物である。
版木の摩耗
最も直接的な手がかりでありながら、最も誤読しやすいのがここである。
版木は摺るたびに摩耗する。細い線ほど早く痩せ、角が丸くなり、やがて途切れる。初期の摺りにあった線が後の摺りで消えていることがある。したがって比較すべきは、画面のなかで最も細い部分になる。
- 建物の格子窓、欄干の子柱
- 髪の生え際、細い衣文線
- 木の細枝、草
- 電線、遠景の建物の輪郭
- 水面の反射に入る細い線
ここで落とし穴がある。厚く摺れば線は太く見える。同じ版木でも、着肉を多くすれば輪郭は鈍り、格子の交点は潰れる。摩耗による線の肥大と、摺りの厚さによる見かけの肥大は、写真の上ではよく似ている。
したがって、線が鈍いという所見だけで「後の摺り」と判断してはいけない。
色調の異なる二個体を比べるときは、とくに注意がいる。
摺りの色は年代を示さない
同じ図柄の二枚を並べると、色がまるで違って見えることがある。片方は寒色の青灰、もう片方は暖色の茶褐、というように。
ただし、その差の大半は紙の状態と撮影条件から来ている。実際に測ると、それぞれの紙の地色を揃えた時点で寒暖差はほとんど消えてしまう。写真の色をそのまま摺りの違いと受け取ってはいけない。
それでも、正規化したあとに残る差はある。色版の入れ方が一枚ごとに違うことは確かにある。ただしそれは摺りの設計の違いであって、どちらが先という話ではない。「初摺ほど色が濃い」といった単純化は、吉田の作品では通用しない。
紙と余白
紙の厚み、繊維、耳の残り方、漉き目は有力な材料だが、写真から読むのは難しい。実寸に対して200dpi程度の複製画像では、繊維も空摺の凹凸も判別できない。
明らかな機械漉きの紙であれば強い否定材料になる。それ以外は、現物を斜光で見るか、透過光で撮るしかない。
余白については、裁ち落とされている個体に注意がいる。自摺印も鉛筆署名も余白にあるので、トリミングによって失われている可能性が常にある。「印がない」と「印が切られている」は違う。
来歴という近道
ここまで挙げた手がかりは、いずれも解釈を必要とする。解釈を経由せずに年代が決まる材料が一つある。受入記録である。
美術館の収蔵品には受入番号がつく。館によっては、番号の先頭が受入年を示す。作者本人からの寄贈と記録され、受入年が分かっていれば、その一枚は遅くともその年までに摺られていたことになる。制作年が下限を、受入年が上限を与え、区間が閉じる。
これは売買に出る個体では望めない材料だが、美術館の公開画像を参照するときには使える。オークション出品者の「生前摺」「初摺」という表記より、はるかに強い。
偽造について
自摺印は偽造されうる。没後摺に自摺印を捺し、版刻の英字署名を消して、鉛筆で署名を書き足す——という改竄が実際に報告されている。
このため、印が「ある」ことは印が「本物である」ことを意味しない。印影の文字形、寸法、位置を、確実な個体と照合する必要がある。
まとめ
一枚の摺り年代は、次を組み合わせて絞る。
- 刷り題の年記 ── 下限が決まる。摺られた年は示さない
- 画面内の毛筆署名 ── 没後摺の版刻署名ではないと分かる。生前は証明しない
- 鉛筆署名 ── 手書きだと分かる。年代はどちらにも決まらない
- 自摺印 ── あれば生前。なくても没後ではない
- 「特」印 ── 解釈が割れている。単独で確定させない
- 版木の摩耗 ── 相対的な前後。摺りの厚さと混同しやすい
- 色調 ── 摺りの設計差。年代は示さない
- 紙・余白 ── 現代の複製を排除できる。高解像度が要る
- 来歴・受入記録 ── 上限が閉じる。最も強い
次回は、この手引きを使って、Cugira に登録されている吉田博の作品を実際に判定する。受入記録によって摺り年代が三年の幅に収まる個体と、判定を保留せざるを得なかった個体が出た。
出典
- hiroshiyoshida.art「Seals & Signatures」
- Moku Hanga「Which Hiroshi Yoshida prints are original?」
- artelino「Hiroshi Yoshida」
注
- 図版はいずれもクリーブランド美術館(CC0)およびボストン美術館(パブリックドメイン、Wikimedia Commons 経由)の公開画像から作成した。拡大・並置・グレースケール化のほかに加工は加えていない。
