『福つくし』という題名からは、縁起のよいものを集めたシリーズを想像するかもしれない。
実際、「福寿草」や「福は内」のように「福」を題材にした作品もあるが、「洋ふく」「呉服」「風ふく」「笛ふく」など、幸福とは直接関係のない題も多い。
楊洲周延の『東風俗 福つくし』は、「ふく」という音を使った言葉遊びによって、明治のさまざまな暮らしを描いた美人画のシリーズである。西洋風のドレスを着た女性、年末の夜店、節分を楽しむ子どもたちなど、一枚ごとに異なる生活の場面が描かれている。
「福」はシリーズ全体を貫く主題というより、異なる風俗場面をひとつの揃物にまとめるための言葉の仕掛けだったのだろう。
題箋には日本語とともにローマ字も添えられている。江戸から続く錦絵の形式に、明治らしい新しさが加えられている点も興味深い。
周延が得意とした女性と暮らしの風景
楊洲周延は、幕末から明治末期にかけて活動した浮世絵師である。
歌川国芳、三代歌川豊国、豊原国周のもとで学び、役者絵、戦争絵、歴史画、宮廷画など、幅広い画題を手がけた。そのなかでも特によく知られているのが、女性の装いや暮らしを描いた美人画である。
『東風俗 福つくし』にも、周延が得意とした女性や子ども、家庭の風景が繰り返し登場する。
しかし、描かれた女性たちは、美しい着物や顔立ちを見せるためだけに立っているのではない。買い物をし、子どもを見守り、季節の行事を楽しみ、新しい服装や生活様式を取り入れている。
周延は「ふく」という言葉を手がかりに、それぞれに異なる生活場面を作り出した。女性の装いや仕草、室内の家具、町や郊外の風景を描き分けることで、シリーズ全体が明治中期の暮らしを眺める風俗図のような性格を持つようになったのである。
『洋ふく』に描かれた新しい生活様式
シリーズのなかでも、特に華やかな一図として知られているのが「洋ふく」である。
描かれている女性と少女は、西洋風のドレスを身につけている。女性たちは腰の後ろにバッスルと呼ばれる腰当てを入れ、スカートを大きく膨らませている。少女が連れているのも、日本犬ではなく小型の西洋犬である。
周囲には椅子や絨毯といった洋式の調度品が置かれ、背景には池や噴水のある庭園が広がっている。建物については、作品が刊行される前年の明治21年(1888)に完成した明治宮殿をイメージした可能性も指摘されている。
女性たちのドレスには鮮やかな色彩が使われ、襟や袖のレースまで細かく表現されている。
ここに描かれているのは、当時の一般家庭へ広く普及していた服装ではなく、いち早く西洋式の生活を取り入れた上流階級の姿だろう。
題名は「洋服」という言葉を使った単純な語呂合わせである。しかし周延は、その一語からドレス、洋犬、洋式家具、庭園までを組み合わせ、明治の上流階級が取り入れ始めた新しい生活様式を画面全体に描き出している。
『福寿草』- 年末の夜店を歩く
「福寿草」には、年末の夜店で、正月の縁起物である福寿草の鉢植えを眺める二人の女性が描かれている。
一人はフリンジの付いたショールを羽織り、もう一人は頭巾をかぶっている。二人の装いからは、年末の冷たい空気が感じられる。
周延は女性たちだけでなく、店先に並べられた品物や、夜店の周囲を行き交う人々まで細かく描き込んでいる。
ここで描かれているのは、縁起物としての福寿草だけではない。
冬の装いで夜店を歩くこと。色鮮やかな商品を眺めること。新しい年を迎えるための品物を選ぶこと。
正月の無事を願う気持ちとともに、年末のにぎわいを楽しむ人々の日常が画面に残されている。
「洋ふく」が上流階級の新しい生活様式を描いているのに対し、「福寿草」は、季節の行事に合わせて町へ出かける人々の身近な暮らしを描いている。
『福は内』- 節分を楽しむ女性と子どもたち
「福は内」には、節分の豆まきを楽しむ女性と子どもたちが描かれている。
「鬼は外、福は内」の福であるため、シリーズの中では、題名と縁起が最も直接的に結びついた作品のひとつである。
急速な西洋化が進んだ明治期にも、節分のような季節の行事は、変わらず家庭の中で受け継がれていた。
『へんふく』- 吉祥と子どもの遊び
「へんふく」とは、蝙蝠、すなわちコウモリを表す言葉である。
中国では、コウモリを意味する「蝠」と、幸福を意味する「福」の音が通じることから、コウモリは吉祥の象徴として用いられてきた。
画面には、竹竿を持ってコウモリを追いかける少年たちと、その様子を見守る子ども連れの女性が描かれている。
コウモリには吉祥的な意味があるものの、画面に描かれているのは、夕方に飛び始めたコウモリを子どもたちが追い回す、身近な遊びの風景である。
「蝠」と「福」の語呂合わせに、子どもたちの日常を重ねたところに、『福つくし』らしい軽やかさがある。
「福」ではなく、「ふく」で集めた明治の暮らし
『東風俗 福つくし』には、「福は内」や「福寿草」のように、縁起や生活の中の小さな幸せを感じさせる作品がある。
一方で、「洋ふく」「呉服」「風ふく」「笛ふく」のように、幸福とは直接関係のない題も含まれている。
そのためシリーズ全体をひとつの幸福論として読むよりも、「ふく」という音を使って、周延が得意とした女性と暮らしの場面を次々に描いた作品として見るほうが、その幅広さを捉えやすい。
『東風俗 福つくし』が刊行された明治22年から23年頃、西洋の制度や技術だけでなく、服装、建築、家具、教育など、生活のさまざまな領域で急速な西洋化が進んだ。
一方で、西洋からもたらされたものが、従来の生活様式をすべて置き換えたわけではない。新しい文化を積極的に取り入れながらも、着物や家庭内の作法、季節の行事など、それまでの暮らしの中で大切にされてきたものは引き続き残された。
「洋ふく」に描かれた西洋式の装いも、「福寿草」の年末の夜店も、「福は内」の豆まきも、「へんふく」の子どもの遊びも、同じ時代の暮らしである。
『東風俗 福つくし』は、「ふく」という言葉遊びを通して、新しい文化と昔からの習慣が並ぶ明治の生活を描いた、30枚の風俗図なのである。

楊洲周延
Yōshū Chikanobu
1838–1912
図版
- 楊洲周延《東風俗 福つくし 福寿草》 — パブリックドメイン(国立国会図書館デジタルコレクション) / 国立国会図書館デジタルコレクション出典
