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ウジェーヌ・ドラクロワダンテの小舟
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《ダンテの小舟》で、ドラクロワは亡者の体を伝う水滴を、緑・黄・赤・白の絵具を混ぜずに並べて描いた。助手アンドリューの記録では、本人はこれを色を重んじる画家としての出発点と語った。この絵は、ドラクロワが1822年、24歳で初めて美術展サロンに出品した、最初の主要な作品である。
場面は、ダンテの「神曲」から採られている。その地獄篇では、作者の詩人ダンテ自身が、古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれて地獄をめぐる。絵の二人は、怒りに身を任せた亡者たちが沈められた泥の川を舟で渡っている。
この水滴には手本があった。ドラクロワがルーヴル美術館で模写して学んだ画家ピーテル・パウル・ルーベンスの絵の、海の精の体を伝う水滴だ。《ダンテの小舟》は国に2000フランで買い上げられ、生きている画家の作品を展示するリュクサンブール美術館に入った。そこで目にしやすかったため、19世紀にはドラクロワの絵で最も多く模写され、エドゥアール・マネは2度写した。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 油彩・カンヴァス
- Year Created
- 1822
- Dimensions
- 189 × 241.5 cm
Artist profile

ウジェーヌ・ドラクロワ
《サルダナパールの死》が批評にこぞって退けられたあと、ウジェーヌ・ドラクロワは美術監督官から作風を変えるよう求められたが、断った。強烈な色彩と動きのある構図でフランスのロマン主義を代表し、《民衆を導く自由の女神》《キオス島の虐殺》で知られる画家である。 1798年、パリ近郊のシャラントン=サン=モーリスに生まれた。
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