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ニコラ・プッサン幼児虐殺
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「マタイによる福音書」2章によれば、ユダヤの王となる子が生まれたと聞いたヘロデ王は、ベツレヘム一帯の2歳以下の男児をすべて殺させた。プッサンは場面を兵士と母親と赤子の3人に絞った。後方で死んだ子を抱いて天を仰ぐ母親の身振りは、古代ローマの浮彫から採られている。
注文主はローマの収集家ヴィンチェンツォ・ジュスティニアーニと考えられている。ジュスティニアーニ家はエーゲ海のキオス島の交易を握っていたが、1566年に島はオスマン帝国に占領された。一族の子どもたちは人質として連れ去られ、改宗を拒んだ多くが殺された。この絵はその記憶のために注文されたと読まれている。
1804年にリュシアン・ボナパルトが買い、1854年にオマール公がロンドンで手に入れた。ピカソの《ゲルニカ》で死んだ子を抱く女は、この絵の二人の母親を一人にまとめたものだと、美術史家アンソニー・ブラントが最初に指摘した。フランシス・ベーコンは17歳のときにこの絵を見て、「あらゆる絵画のなかで最も美しい叫び」と語っている。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 油彩・カンヴァス
- Year Created
- 1628
- Dimensions
- 147 × 171 cm
Artist profile

ニコラ・プッサン
ニコラ・プッサンは、生涯の大半をローマで過ごしたフランスの画家である。聖書や神話、古代史の物語を、人物の表情や身ぶりで語った。助手を使わず、一人で時間をかけて描いた。構図を考えるときには、小さな蠟人形を箱の舞台に並べた。 1594年、フランス北部ノルマンディーのレ・ザンドリ近くに生まれた。修業時代の記録は少ないが、18歳ごろにはパリへ出ている。
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