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竹内栖鳳班猫
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描かれた猫は、栖鳳が静岡の沼津に滞在していたとき、近所の八百屋のおかみさんが飼っていた猫である。その姿に中国・北宋の皇帝、徽宗が描いた猫を思い出した栖鳳は、交渉して猫を譲り受け、京都へ連れ帰って画室に放し、日夜観察して描き上げた。東アジア絵画史の板倉聖哲によれば、栖鳳が念頭に置いたのは、菱田春草が東京美術学校に納めた模本にある伝徽宗の「猫図」で、近年、海の見える杜美術館の栖鳳関連の写真資料から、この猫の写真も見つかった。
大正13年(1924年)の第1回淡交展に出品され、昭和45年(1970年)に重要文化財に指定された。厳しい写生のうちに気品を漂わせ、東洋画の伝統と近代の感覚を融合させた作として評価が高い。栖鳳60歳の作。
題の「班」は栖鳳自身の箱書きによる。まだら模様を表す字は今日ふつう「斑」だが、「班」にもまだらの意味がある。重要文化財としての名称は「絹本著色斑猫図」。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 絹本着色/額
- Year Created
- 1924
- Dimensions
- 81.9 × 101.6 cm
Artist profile

竹内栖鳳
竹内栖鳳は、「東の大観、西の栖鳳」と並び称された京都の日本画家。月が三角に見えたら三角に描くと語り、動物も決まった形より自分の目に映る姿を大切にした。四角に近い月を描いて笑われたことがある。ところが後に、その形の月を実際に見た人がいた。 元治元年(1864年)、京都・御池通油小路の料理屋「亀政」に生まれた。
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