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山川秀峰Hotaru
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山川秀峰の《蛍》は、蛍狩をする三人の女を描いた四曲の屏風で、昭和2年(1927年)の第8回帝展に入選した。秀峰が《安倍野》で初めて特選を受ける前年にあたる。団扇を振り上げた右の女が左手を伸ばし、その先の夕空には黄緑の小さな点がひとつある。題の蛍はこの点と読める。
昭和15年(1940年)、金井紫雲は自ら編んだ『芸術資料』の「螢」の節で、蛍を描いた絵をたどった。喜多川歌麿らの浮世絵に続き、近い時代の作として、鏑木清方の師である水野年方の《螢狩》と、文展に出た上村松園の《螢》を挙げる。松園の絵は、蚊帳の下にただ一つの蛍を描いた美人画だった。
金井は続けて、帝展の秀峰の《蛍》を、かえって徳川中期を舞台にした蛍狩の図だったと紹介する。同じ本には、この絵の白黒図版も「螢 山川秀峰筆」の名で載っている。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 着色・四曲屏風半双
- Year Created
- 1927
Artist profile

山川秀峰
「きいちのぬりえ」で知られる蔦谷喜一が挿絵画家を志したのは、帝展で山川秀峰の《素踊》に魅せられたからだ。秀峰は鏑木清方に学んだ美人画家で、帝展で二度の特選を受け、47歳で世を去った。 明治31年(1898年)、京都に生まれ、東京で育つ。16歳で日本画家の池上秀畝に入門して花鳥画を学び、のちに清方の門に入って美人画を学んだ。
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