期間限定 手数料割引中 出品者3% 購入者1%
鈴木華邨

鈴木華邨

すずき かそんSuzuki Kason
4 Artworks

鈴木華邨(1860〜1919)は、「花鳥画の華邨」と呼ばれた明治・大正の日本画家である。江戸下谷池之端の呉服商の長男に生まれ、名は惣太郎。14歳で菊池容斎の高弟・中島亨斎に入門し、のちに容斎本人からも学んで「華邨」の号を受けた。四条派の花鳥画を土台に、土佐派や浮世絵の良いところも取り入れて、自分の画風をつくった。

若いころは起立工商会社の図案係として、輸出向けの陶磁器や漆器の下絵を描いた。明治22年(1889)から明治26年(1893)までは石川県立工業学校で絵画と図案を教えている。明治31年(1898)には日本画会の結成に加わり、同年の日本美術院の創立では評議員を務めた。第1回文展(1907)では《平和》が三等賞、明治43年(1910)の日英博覧会では《雨中渡舟》の連作が金牌を受けた。

本の口絵や挿絵の仕事も多い。尾崎紅葉『不言不語』の挿画、幸田露伴『新羽衣物語』の口絵を描き、雑誌『文芸倶楽部』では木版の口絵を受け持った。門下には梶田半古と、花鳥の木版画で名を残した小原古邨がいる。古邨の「邨」は、師の華邨から受けた一字である。

明治39年(1906)、小林一三らが華邨・寺崎広業・川合玉堂の三人を後援する鼎会をつくった。そのため作品は、大阪府池田市の逸翁美術館にまとまって収まっている。同館が1991年に開いた回顧展は、華邨を「20世紀初頭ヨーロッパで最も知られた日本画家」と紹介した。大正8年(1919)、東京・雑司が谷の自宅で没した。

Own a work by Suzuki Kason?

List it for sale on Cugira.

List a work
4 works