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長谷川潔

長谷川潔

はせがわ きよしKiyoshi Hasegawa
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黒には七つの色がある——長谷川潔はそう言った。銅版を一面、鑢で黒く沈め、そこから針で光を掻き起こしていく。闇のいちばん深いところに、リラの花や一羽の小鳥、卓上の小瓶がぼうっと浮かび上がる。漆黒から鼠色へと途切れなく続く階調が、彼の一枚を見分ける手がかりだ。マニエール・ノワール——十七世紀のオランダに生まれ、写真の普及とともに忘れられていたこの技法を、長谷川はパリでたったひとり掘り返した。

1891年、横浜に生まれた。麻布中学を出て、黒田清輝に素描を、岡田三郎助と藤島武二に油彩を学び、当時日本に滞在していたバーナード・リーチからはエッチングの手ほどきを受けている。はじめは木版に向かい、1913年に文芸同人誌『仮面』へ作品を寄せ、1916年には永瀬義郎らと日本版画倶楽部を興した。版画をもっと深く究めたい——その一心で1918年に日本を発ち、翌年パリの土を踏むと、そのまま二度と帰らなかった。

《南仏古村》(1925)では石造りの村を、《2つのアネモネ》(1934)や《狐と葡萄》(1963)では卓上の花と実を、彼はこの黒の技法で刻んだ。庭の一本の樹をじっと見ていると、樹のほうから語りかけてくる——そう口にした長谷川は、その声を《一樹》(1941)に沈めている。1924年に独立版画家協会、1926年にサロン・ドートンヌの版画部会員となり、日本でも春陽会や日本版画協会の創立に名を連ねた。

長年組んだ摺師が1970年に世を去ると、《横顔》を最後に、彼は銅版から手を引いてしまう。レジオン・ドヌール勲章(1935)、フランス文化勲章(1966)、勲三等瑞宝章(1967)を受け、作品はルーヴル美術館、大英博物館、フランス国立図書館、京都国立近代美術館に納められた。日本の土を再び踏むことのないまま、1980年、パリで八十九年の生を閉じた。

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