
勝川春潮
かつかわ しゅんちょうKatsukawa Shuncho
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門をくぐった師と、絵の上で手本にした師が、別の人だった——勝川春潮という浮世絵師には、まずこの捻れがある。彼は勝川春章に入門した。役者の顔を似顔として写し取り、勝川派を興した大立者で、その一門には勝川春英や、若き日の葛飾北斎も名を連ねている。ところが春潮は、師が名を上げた役者絵の道をほとんど歩まなかった。
生没年はわからない。吉左衛門と称し、雄芝堂・紫園などと号した。画業がたどれるのは天明から寛政、おおよそ1783年ごろから1795年ごろまでの十余年ほどにすぎない。その短い間、彼が筆を寄せたのは同門の誰でもなく、当代の美人画を席巻していた鳥居清長だった。すらりと背が高く、八頭身にも見える涼しげな女性像。紅を抑えた沈んだ色。細長い柱絵の縦の張り、三枚続きに横へ展べた群像の呼吸——春潮はそれを自分のものにし、天明期の三枚続き《飛鳥山花見》のような見応えのある作を残した。桜の下、花見の一団が幾人も横につらなるこの図を、太田記念美術館が蔵する。
数多く手がけた春画もまた清長ゆずりの手つきで、血のつながった師よりも、同時代に流行った様式のほうへ彼が身を寄せていたことがよくわかる。晩年の作には、清長を継いで美人画の頂へ昇った喜多川歌麿の面影も差すという。作品は大英博物館、メトロポリタン美術館、ハーバード美術館、ブルックリン美術館、ミネアポリス美術館に納まる。『浮世絵類考』は文政4年まで生きた長命の人と伝えるが、その没年はいまも確かめられていない。
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