
Public domain
山
山本芳翠浦島図
0
明治28年(1895年)の明治美術会第7回展に「浦島」の題で出品された。欧化政策への反動から、日本画家がこぞって歴史画や説話に取り組んでいた時期で、芳翠は御伽草子で知られる浦島太郎の一場面を洋画の大画面に描き、本格的な西洋額縁を付けて発表した。
岐阜県美術館の学芸員・廣江泰孝は、西洋画に通じる海上のパレードとして華やかに組み立てた群像表現と評している。太郎が抱える箱は、竜宮を去るときに渡され、開けてはならないと言われた玉手箱である。三菱の岩崎家から依頼された《十二支》が、この絵を描くきっかけになったという。
- Genre
- Japanese & Asian
- Work Type
- Painting
- Technique
- 油彩・カンヴァス
- Year Created
- 1893–1895
- Dimensions
- 122 × 168 cm
Artist profile
山
山本芳翠
山本芳翠(やまもと ほうすい、1850-1906)は、美濃国恵那郡明智村、いまの岐阜県恵那市に生まれた洋画家。1878年、パリ万国博覧会事務局の雇いとして渡仏し、そのままエコール・デ・ボザールに入ってジャン=レオン・ジェロームに就いた。アカデミスムの厳密な人体描写と物語画の構成を、日本人としてほぼ最初期に本場で身につけた画家である。
View full profile

