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フランシスコ・デ・ゴヤ着衣のマハ
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1800〜07年頃の作で、最初の持ち主は宰相マヌエル・ゴドイである。対の裸のマハは18世紀の最後の数年に、着衣のこちらは19世紀の初めに描かれたと考えられている。ゴドイは裸体画を邸の奥の小部屋に掛けていた。仕掛けを使い、着衣のマハで裸のマハを覆ったという説もある。
1808年にゴドイが失脚すると財産は差し押さえられた。そのときの目録で、2点は「gitanas」と書かれている。2点はサン・フェルナンド王立美術アカデミーに預けられ、1813年には異端審問所が「わいせつな絵」として押収した。1815年5月16日、異端審問所はゴヤ本人に出頭を命じている。
モデルについては、アルバ女公爵の説は退けられ、ゴドイの愛人ペピータ・トゥドーとする見方が多い。ただし確証はない。2点は1836年からアカデミーにあり、1901年にプラド美術館へ移って、それ以来並べて掛けられている。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 油彩・カンヴァス
- Dimensions
- 95 × 188 cm
Artist profile

フランシスコ・デ・ゴヤ
アラゴンの寒村フエンデトドスに生まれ、サラゴサで金箔師の父を持つ家に育った。絵の手ほどきは地元の画家ホセ・ルサンから受け、二度挑んだマドリードの王立美術アカデミーには落ちている。転機はローマ留学と、宮廷画家アントン・ラファエル・メングスの下で働いた義兄フランシスコ・バイユーとの縁で、その妹と結婚したことで王立タペストリー工房の下絵描きの職を得た。
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