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フランシスコ・デ・ゴヤ裸のマハ
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1795〜1800年頃の作で、1800年には宰相マヌエル・ゴドイの邸宅にあった。ゴドイはベラスケスの《鏡のヴィーナス》などの裸体画を私室に掛けており、注文主もゴドイと考えられている。同じ女性に服を着せた着衣のマハと対になる。
「マハ」の名は後から付いた。1808年にゴドイの財産が差し押さえられたときの目録は「ジプシーの女」、1813年に異端審問所が押収したときの目録は「ヴィーナス」と記す。マハと呼んだのは1815年の異端審問所の報告書が最初である。マハとは、マドリードの下町で洒落た装いをした粋な女性を指す言葉だった。
同じ1815年、異端審問所はゴヤを呼び出し、自作かどうかを述べさせるよう命じたが、その結果は伝わらない。モデルはアルバ公爵夫人とも、ゴドイの愛人ペピータ・トゥドーとも言われ、決着していない。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 油彩・カンヴァス
- Dimensions
- 98 × 191 cm
Artist profile

フランシスコ・デ・ゴヤ
アラゴンの寒村フエンデトドスに生まれ、サラゴサで金箔師の父を持つ家に育った。絵の手ほどきは地元の画家ホセ・ルサンから受け、二度挑んだマドリードの王立美術アカデミーには落ちている。転機はローマ留学と、宮廷画家アントン・ラファエル・メングスの下で働いた義兄フランシスコ・バイユーとの縁で、その妹と結婚したことで王立タペストリー工房の下絵描きの職を得た。
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