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狩野探幽桐鳳凰図屏風
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鳳凰は中国の伝説上の霊鳥である。徳の高い君子が天子の位につくと現れると考えられた。梧桐の木にしかとまらず、竹の実を食べると伝えられる。桐と鳳凰を組み合わせる画題はこの故事による。故事の梧桐はアオギリを指す。日本の桐鳳凰図は、花の形からキリとわかる木を描く。
六曲一双の屏風で、この図は右隻にあたる。鳳凰は右隻に3羽、左隻に2羽の計5羽が描かれる。右隻中央の小さな鳥は雛である。雌雄と雛は夫婦和合と子孫繁栄を表す。美術史家の板倉聖哲は、さらに儒教の統治観を読み取った。雌雄は天下の太平を、5羽は優れた臣下の集いを表すという。
右端の落款は「探幽法眼筆」で、瓢箪形の朱文印「守信」が添う。探幽は寛永15年(1638年)に法眼、寛文2年(1662年)に法印となった。法眼と署したこの屏風は、その間の作である。美術史家の榊原悟は、明暦3年(1657年)7月の四代将軍徳川家綱の婚礼のために描かれた可能性を指摘した。この図様は甥の狩野常信がほぼそのまま踏襲するなど、狩野派の桐鳳凰図屏風の典型になった。
- Work Type
- Painting
- Technique
- 紙本金地着色/六曲一双屏風
- Dimensions
- 158.6 × 371.8 cm
Artist profile

狩野探幽
狩野探幽(1602〜1674)の「探幽縮図」には、原画が失われた古い絵の姿が残る。江戸幕府の御用絵師として狩野派を率い、城や寺院を飾った画家で、描かない余白まで景色の続きに見せる画風で知られる。 京都に生まれ、名は守信。父は狩野孝信、祖父は桃山時代の絵画を代表する狩野永徳だった。
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