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月岡耕漁Aoi no Ue, from the series "Pictures of No Performances (Nogaku Zue)"
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月岡耕漁の《能楽図絵 葵上》には、六条御息所の生霊を主役とする能の配役と筋が刷られている。筋の説明によると、光源氏の奥方、葵の上を悩ます物の気は、源氏に恨みを抱く六条御息所の生霊だと昔から注されてきた。この謡曲は、それをもとに作られたという。
配役には、シテが「六條御息所生霊」、ワキが山伏の「横川小聖」とあり、神子・大臣・従者も記される。場所は京都。角のある面の人物が生霊、数珠を手にする山伏が横川小聖と読める。左下の赤い布は出し小袖に当たると読め、舞台に出ない葵の上を表している。
刊記によれば、この摺りは明治30年(1897年)10月10日印刷、15日発行で、印刷兼発行者は大黒屋の松木平吉。大正11年(1922年)の能楽百番 葵上では、配役と筋の文字が省かれている。
Artist profile

月岡耕漁
月岡耕漁(1869〜1927)は、日本で初めて能の舞台を専門に描いた画家とされる。義父は浮世絵師の月岡芳年で、大黒屋(松木平吉)から出した能の木版画の連作が代表作となった。 東京・日本橋の旅籠屋に生まれ、本名は羽生弁之助。12歳から、横浜で輸出品を扱う伯父のもとで陶器の絵付けを学んだ。母の泰は明治17年(1884年)に芳年と結婚した。
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